マイティボーイ


うちの愛車マー坊と先月とうとうお別れをしました。
昭和生まれでよく故障していたし、小さいけどトラックみたいな形、狭い車内、エンジンの音なども(古いからなんだけど)とっても個性的な車でした。
そんな古い車を今まで維持できていたのは、車のお仕事をしている義弟が、使えそうな部品を見つけては取っておいてくれて、調子が悪くなると直してくれていたからでした。
手放す事を決めた頃、その話を義弟と電話で話していたのですが、切った後、後ろで聞いていた娘が「マイティーやめちゃうの?」と泣きそうな顔で聞いてきました。
子供たちにはまだ話していなかったので説明するとぽろぽろ涙をこぼしていました。
車も古くなるからずっとは乗れないんだよ・・・と話しました。
そして古い車ならではの数々のエピソードを皆で思い出して笑いました。(笑えない話もあるんですけど今ではいい思い出)
娘も泣き笑いで穏やかな空気になったところで「マイティーどうするの?」と質問。
「○○おじさん(義弟)の知ってる人の所に持っていってもらうんだよ」
「その人はどうするの?」「う〜ん、使える部品を使うのかなぁ」
「マイティー、バラバラにされるの???」とまたぽろぽろ涙が・・・。
その後、T氏(夫)が「マイティーもいろんな車の部品で修理して乗れるようにしていたから、捨てられるより、また誰かの車で使ってもらった方がいいだろ。」と話して眠りにつきました。


子供たちも愛着があったんだなぁ。
ホントにホントに私も寂しい。
ホントにたくさんの思い出があの車にはあるのです。
どの思い出も小さかった子供たちと共にあったりするのでなおさら。
毎日の保育園への送り迎えや、病気がちな長男との病院通い。夜中に何度も走らせたよなぁ。
習い事でも送り迎えや試合で走り回りました。


仕事でも大活躍してくれました。
アートマーケットに出店する時は、荷台に大きな荷物を積んでロープで括って行きました。
糸を並べた事もありました。
畑に行ったり、染めに使う植物を採りに行ったりずいぶん働いてくれました。


狭くて助手席の人がすごく近く感じる所も好きでした。
あの狭さは他になかなか無い気がする。
シフトレバーが隣の人の足によくぶつかってました(笑)。


連れて行かれてしまった時は本当に寂しかったけど、少し時間が経った今は、楽しかったよ!ありがとう!と思うようになりました。
ホントにホントに大好きな車だったなぁ。 




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